名門エールスミスで経験を積んだ創業者が手掛けるホップヘッズの憧れのブリュワリー

アメリカのホップヘッズが追い求めるホップフォワードなクラフトビールを醸造するブリュワリー「Alpine Beer」。小さなホームブリュワーからスタートし、サンディエゴの名ブリュワリーであるエールスミスで経験を積み、創業からわずか7年足らずでベストブリュワリーに選出される成長を遂げたアメリカのクラフトビールを語る上で欠かすことのできないブリュワリーです。


創業:1999年

拠点:カリフォルニア州 アルパイン


アメリカのホップヘッズが追い求めるブリュワリー

Alpine Beerは、その名の通りカリフォルニア州サンディエゴにアルパイン(Alpine)から始まったブリュワリーです。ダウンタウンから車で30分ほど内陸に入ったこのエリアは、カヤマカ山脈の麓に佇むのどかな場所。アルパイン東部はクリーブランド国立森林公園にも近く、森林や乾燥地帯などサンディエゴの豊かな自然へと踏み込むゲートウェイとして知られています。1999年にエールスミス ブリューイングの契約醸造という形でビール造りを開始。自らを"The Home of Pure Hoppiness"と謳っている通り、ホップの味わいが前面に出たビールを幾つも生み出しており、いずれもアメリカ国内で高い評価を受けています。その人気は地元に留まらずアメリカ国内の多くのホップヘッズが追い求めるブリュワリーです。

ブリュワリー誕生のきっかけはヨーロッパのビールの味わいの衝撃

Alpine Beer誕生のきっかけは、ヨーロッパの輸入ビールの味わいに衝撃を受けたこと。そして、そのビールがなかなか手に入らないのであれば、自分で作れたばいいというDIY精神でした。


創業者はパット・マキルヘニー(Pat McIlhenney)。アルパインの歴史は彼の熱意と行動によって形作られてきたといっても過言ではありません。もともとビール業界に飛び込んだ際は、パットは消防士として30年以上働いていました。


そんな彼がビールに関わるようになったのは、ホームブリューイングです。それまではビールにまったく興味が湧かず、なぜ人々はわざわざこんなものを飲むのだろうかと考えていたのだが、ヨーロッパ産の輸入ビールに出会って考えが変わったと言います。それまで経験したことが無いような衝撃的な味わいにすっかり虜になってしまったのです。


しかし輸入ビールの流通量は限られているため、なかなか手に入らないのが問題でした。そのもどかしさの解決策として「自らビールを醸造すればいい」という事実に辿り着き、1983年にホームブリューイングを開始しました。


当初は自分のお腹を膨らませるためだけの趣味だったが、当時カリフォルニア州に少しずつ誕生していったブリューパブの存在が、彼に「ビジネスとしてのビール造り」という考えを芽生えさせました。「極々少数ではあったが、カリフォルニア州に誕生したいくつかのブリューパブを訪ねるのは楽しかったよ」とパットは述べます。


「その中でも先駆者の1つがHoplandにあるメンダシーノブリューイングだった。消防士として北カリフォルニアに駐在していたから度々訪ねることができたんだ。その時に、ビールの醸造を実際にビジネスとして成立させることが出来るということを学んだよ。」それから、彼はビール造りに真剣に向き合うようになりました。


ビール造りに関する詳細なメモを残し、ホームブリューイングコンペティションに何度も出品した。審査員たちの批評を真摯に受け止め、いつかオープンすることになるであろう自分のブリュワリーのラインナップを徐々に作り上げていきます。

名ブリュワリー「エールスミス」で経験を積みベストブリュワリー第5位を獲得

パットは、アメリカの名ブリュワリーとして知られるエールスミスで経験を積み、わずか7年でベストブリュワリー第5位を獲得する偉業を成し遂げます。


レシピ作りと実際にブリュワリーを運営するのは別物。そのため、彼はブリュワリー運営の経験を、エールスミスでの醸造アシスタントをするボランティアにより培いました。「実際に自分の手でやってみたり仕組みを見たりしないと分からないことがある。単純なことではあるが、タンクのクリーニング、クリーニング剤の混ぜ方、微生物の侵入を最小限に抑えるホースの繋ぎ方など、根本的な運営から学んでいったのさ」と彼は言います。


そうした長きに渡る苦労の末、1999年11月、お世話になったエールスミスの醸造設備によってAlpine Beerのクラフトビールは世に出まわり始めます。最初のビールは13の異なるモルトを使用した"McIlhenney's Irish Red"でした。1986年に初めてレシピを考案して以来、10年以上改良を重ね続けたレッドエールです。その1年後には、現在のAlpine Beerのラインナップの中で名高いビールであるダブルIPA"Pure Hoppiness"も造られるようになりました。


Alpine Beerのビールはパットの予想を上回る人気を獲得し、造るそばから売り切れるほどでした。それに手応えを感じて、2002年にパットの地元アルパインに小さなブリュワリーをオープンしました。その品質の高いビールは、アメリカのビールファンの間で瞬く間に知られるところとなり、2006年にはBeerAdvocateが選ぶベストブリュワリーの第5位にランクイン。その人気は留まるところを知らず、生産が間に合わないという事態が度々発生する程でした。


2008年後半には施設の拡張を始めて、2009年半ばに以前の倍の大きさのファーメンター4機を、ブリュワリー裏の古いガレージに設置。その後2010年初めにはブリュワリーと同じ建物に38席のパブをオープン。常時8~10タップのドラフトビールを提供し、パイントサイズはもちろんテイスティングセットも用意されています。さらにグラウラーフィルによる持ち帰りも可能で、地元の人々に愛されるパブとなりました。

Green Flash Brewingとのパートナーシップにより日本に流通が可能に

これだけの人気を誇り、かつ生産量も決して大きいとは言い難い彼らのビールがなぜ日本に輸入されることとなったのでしょうか。それには、同じくサンディエゴで大きな存在感を放つGreen Flash Brewingが関係しています。


2013年11月、Alpine Beerのクラフトビールの一部はGreen Flash Brewingの設備で醸造されるようになり、もともと1,500バレルだったアルパインの生産量は3,000バレルに倍増しました。そして2014年11月、Alpine Beerは正式にGreen Flash Brewingの傘下となりました。


「グリーンフラッシュと共に働くようになってからというものの、彼らの繊細でありながらおおらかな仕事ぶりを信頼し尊敬するようになった」とパットは述べ、Green Flash Brewing共同創業者のマイク・ヒンクリー(Mike Hinkley)も「アルパインのビールを醸造できることに興奮している」と語っています。"Handshake agreement"と彼らが呼ぶ通り、知識や経験を分け与えるために友好的にパートナーシップを結んだのです。


これにより以前までサンディエゴに行かなければ手に入れることができなかったAlpine Beerのビールは、アメリカ国内50州、そしてここ日本にまで流通が可能となりました。でき上がったビールを「いたるところでホップヘッズに楽しんでもらえることを楽しみにしている」とパットは言います。

Alpine Beerのクラフトビール紹介